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プッチーニ:歌劇《トスカ》全曲 歌詞対訳付
メーカー希望小売価格 : 8,000円(税込)
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特長
ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908-1989)は、レコード録音に対して終生変わらぬ情熱を持って取り組んだパイオニア的存在であり、残された録音もSP時代からデジタル録音まで、膨大な量にのぼります。その中でカラヤンが一つの頂点を迎えたのは、1955年にベルリン・フィルの常任指揮者、翌1956年にザルツブルク音楽祭およびウィーン国立歌劇場の芸術監督に就任、またミラノ・スカラ座との提携上演を打ち出してイタリアでの地盤も強化するなど、文字通りヨーロッパ・クラシック音楽界の「帝王」と目されていた時期でしょう。さらに録音面でも、1950年代初頭から継続しているロンドンでのフィルハーモニア管弦楽団とのEMIへの録音に加えて、1959年からはベルリン・フィルとはドイツ・グラモフォンへの、ウィーン・フィルとはデッカへの録音がスタートし、ちょうどステレオ録音が導入されて活気付いていたレコード市場を席巻する形になりました。一人の指揮者がここまでの音楽的ポストとレーベル契約を手中にするのはカラヤン以前にもカラヤン以後にも皆無で、文字通り20世紀クラシック音楽界で空前絶後の存在でした。
Herbert von Karajan, PHOTO: Hans Wild
そうした中でも、名プロデューサー、ジョン・カルショウとのコラボレーションによって、ウィーン・フィルと進められたデッカへの録音では、スタンダードなシンフォニーのみならず、「ツァラトゥストラはかく語りき」や「惑星」のパイオニア的録音も含む多様なオーケストラ曲のほか、1959年の「アイーダ」から1963年の「カルメン」まで、綺羅星のような豪華キャストをそろえた5つのオペラ全曲盤が制作されました。いずれもオペラ録音史にその名を残す名盤ばかりですが、その中でもすでに当シリーズでハイブリッドディスク化した「オテロ」と合わせ、家庭でのステレオ再生で劇場でのオペラ体験を味わえるようにするべく当時の英デッカが力を入れていた「ソニック・ステージ」というコンセプトの頂点にあるのが1962年9月に録音された「トスカ」といえましょう。初出は当時デッカと提携関係にあったRCAのソリア・シリーズで、金箔押しのボックスにオールカラーのリブレットが添付された豪華仕様でした。
カラヤンが生涯に録音したプッチーニのオペラは、「ボエーム」「蝶々夫人」「トスカ」「トゥーランドット」の4曲で、そのうち晩年に録音した「トゥーランドット」は実演では取り上げていません。それ以外の3曲はカラヤンがその経歴のごく初期のウルム歌劇場時代から取り上げていたレパートリーで、「トスカ」では少壮22歳の1930年6月にザルツブルク州立劇場に客演した際に演奏した記録があります。1956年にウィーン国立歌劇場芸術監督に就任したカラヤンはその2シーズン目の1958年4月3日に「トスカ」の新演出上演を指揮、レナータ・テバルディ、ジュゼッペ・ザンピエリ、ティト・ゴッビという名歌手を揃えたマルガレーテ・ヴァルマン演出の舞台は空前の成功を収め、カラヤンはウィーン在任中に15回指揮しています(さらに、この舞台は2000年代までほぼ半世紀にわたって上演され続ける人気のプロダクションとなったのでした)。その4年後にキャストを一新して録音に臨んだのが今回の「トスカ」ですが、カラヤンが作品に込める意気込みは格別のもので、第1幕冒頭のスカルピアのテーマが圧倒的な豪壮さで奏された後、指揮棒を振り下ろすカラヤンの唸り声が収録されているほどです。ウィーン・フィルも濃密かつ有機的なサウンドでカラヤンのその思いに敏感に反応し、プッチーニの微細なオーケストレーションの機微をこれ以上ないほどに生き生きと彩っていきます。木管の木質な響き、こくのあるウィンナ・ホルン(第3幕冒頭のユニゾン)、深みのある金管、そして黄金の光沢をたたえた弦楽パートなど、オーケストラの全てのパートが個性あふれる有機的なサウンドを奏でているのです。
歌手陣も1960年代を代表する名歌手が集められています。トスカ役は、カラヤンが好んで起用した20世紀後半のアメリカを代表するソプラノ、レオンティン・プライス(1927年生まれ)。トスカはアイーダと並んでプライスの十八番で、彼女の本拠地ニューヨークのメトロポリタン歌劇場でも当たり役でした。歌手としての気位の高さ、カヴァラドッシへの愛情と嫉妬心との間で揺れ動く心情、スカルピアと対峙する心根の強靭さと恐怖感、そしてカヴァラドッシの死に対した際の嘆きの深さなど、トスカというキャクターの感情の移り変わりを実に細やかに表現しています。カヴァラドッシは、やはりこの時代を代表するイタリアのテノール歌手で、捨て身の直情的な歌唱で人気のあったジュゼッペ・ディ・ステファノ(1921-2008)。名盤として知られた1953年のカラスとデ・サーバタによるEMIの「トスカ」に次ぐ、2度目のカヴァラドッシ録音となりました。洗練味よりもフルヴォイスによる感情の吐露に心打たれます。スカルピアはやはり名バリトンのジュゼッペ・タッデイ(1916-2010)で、ヘンデルから現代作曲家まで150ものオペラに及んだレパートリーを持ち、さまざまな性格の役柄を歌い分けることのできるキャラクタリゼーションの多様さが持ち味。カラヤンからの信頼も厚く、「道化師」(カニオ)や「ファルスタッフ」(題名役)の録音にも起用されています。ここでも表現力のある歌唱とディクションで、スカルピアという「ヴィラン」を実に見事に描いています。デッカらしく、堂守にはフェルナンド・コレナ(1916-1984)、密偵のスポレッタにはピエロ・デ・パルマ(1925-2014)という芸歴の長いヴェテラン歌手を起用するなど、音だけでの聴取でも各キャラクターが鮮明になるように細かく配慮されたキャスティングがこのオペラをさらにドラマティックに仕立てています。また合唱指揮には、ミラノ・スカラ座合唱団の名指揮者ロベルト・ベナーリオが起用されており精彩に富む合唱が聴かれますが、これは当時スカラ座でも芸術上の重責を担っていたカラヤンが実現させた2つの歌劇場間での芸術的提携の賜物と言えましょう。
Leontyne Prince, PHOTO: Hugh Dilworth
Guiseppe di Stefano, PHOTO: Hans Wild
Guiseppe Taddi, PHOTO: X
録音はデッカのウィーンでの拠点だったゾフィエンザールで行われました。響きが多いため必ずしも録音向きではないムジークフェラインザールとは異なり、フル・オーケストラを混濁せず細部まで明晰な収録が可能なゾフィエンザールはデッカのステレオ録音の代名詞であり、ショルティの「指環」をはじめとする今や伝説的な名録音がジョン・カルショウらデッカの録音陣によって続々と生み出されました。この「トスカ」でも、デッカのステレオによるオペラ録音に特徴的な、オーケストラをスケールの大きな響きで捉えつつ、各パートの明晰さを保ちながら、歌手の声を包み込むようなバランス作りが実現しています。また同じくデッカのオペラ録音の代名詞でもある、ステージ上演の臨場感を録音に持ち込む「ソニック・ステージ」の手法が極限まで活用され、各場面での登場人物の位置関係や前後左右の動き、効果音(扉の開け閉め、第1幕での鐘の音、大砲の音)、遠近感(第2幕のオフステージの合唱、第3幕の鐘)など、ステレオの効果を極限まで活かした演出がされているのも大きな特徴といえるでしょう。カルショウの細部へのこだわりは実に緻密で、ト書きをもとにした人物の配置のみならず、鐘の音もオーケストラのハンドベルのようなものではなく調律されていない実際の鐘の音を、大砲も実音がミックスされるなど、あくまでもステレオという枠内ではあるものの、技師的な立体感を生み出す聴感上の効果を最大限に生かしています。名盤・名録音ゆえにデジタル初期の1988年からCD化され、2000年にはDecca Legendで24bit/96kHzリマスタリングもされていますが、今回はそれ以来の、そして初めてのDSDリマスタリングとなります。これまで同様、使用するマスターの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業をおこないました。特にDSDマスタリングにあたっては、「Esoteric Mastering」を使用。 入念に調整されたESOTERICの最高級機材Master Sound Discrete DACとMaster Sound Discrete Clockを投入。またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を伸びやかなサウンドでディスク化することができました。
「カラヤンのオペラ演奏におけるシンフォニックでドラマティックな思考が徹底的に発揮されている。スコアに書き付けられた音符からこれほど雄弁な響きと豊かなドラマを引き出し、それを一分の隙もない豪華な音の織物に織り上げた例は他にないだろう。ウィーン・フィルの卓越した表現力と、厳選された歌手たちの力演が、カラヤンの意図を十二分に肉体化している。」 |
推薦盤『レコード芸術』1964年2月号 |
「60年代を代表する『トスカ』の名盤。『アイーダ』や『オテロ』同様、ウィーン国立歌劇場の総監督時代のカラヤンの指揮は、再録音ほどの緻密さと徹底さはないが、すこぶるスケールの大きなドラマティックな表現が、とても新鮮だった。トスカのプライス、カヴァラドッシのディ・ステファノ、スカルピアのタデイの3人の歌手も、やや全盛期の声の輝きには及ばぬものの、カラヤンの指揮に応えて迫力に満ちた表現で、緊迫したドラマを展開しており、ウィーン・フィルの響きも充実していて見事である。」 |
『クラシック・レコード・ブック1000 VOL.6オペラ&声楽曲編』1986年 |